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2024/04/27 ヘンシウ 仕分け: トラックバックユ・ア・レル 

アニメの感想<レベルE>

見もしないでアニメを批判するなといわれたので、第一話を鑑賞しました。

結論からいうと、やはり駄目でした。

日本のアニメって、人材不足なんだろうなあ、というのが感想。

一応言っておくと、俺はね、アニメという表現手法自体に否定的であるわけではなく、むしろとても可能性のある表現手法だと思っています。俺が嫌いなのはそうした可能性に挑戦せず退屈でやる気のない工場みたいな作り方しかできない、創造性芸術性に欠けた「日本アニメ」という文化でありまして、このレベルEという作品はまさしくその日本アニメらしい作品でありました。

まず映像作品としてみて、絵に魅力がありません。

もともと、俺はレベルEのリアル系の絵柄自体が好きではありません。
アニメにはアニメなりのリアルの表現の仕方があるのであって、ただ単に形態を写実的にすればいいというのは、安易だし、アニメという表現手法でそれをやると、影の落ち方などに不自然さを感じやすいからです。

しかし、その絵柄うんぬん以前に、美術的に見て、素人が作っているなという印象を受けました。

一言で言えば、色が馴染んでいない。

色は光が反射して、重なり合って生まれるもの。故に立体空間を理解していなければ、たとえ画面上の表現とはいえ、適切な色塗りはできないのです。
特にリアル系の輪郭線で描かれている場合は余計に光学的に正確でなければならないのですが、それにも関わらず(ただし、描いている人たちは実際にはいくつかのパターンを組み合わせているだけで、実際にリアルに描けているわけではありません)、このアニメではセルアニメの「背景+キャラ+近景=画面」のようなメソッドのまま造っているために、画面の色が妙にちぐはぐで、陰影の妙のない、魅力のない外観になってしまっています。
やはり、これは日本人の美意識の低さから来ているのだと思います。電気によって、陰影のない、面白みのない風景で育ったのでは、世界がどのように重なり合って生まれているのかなど分かりようがありません。

次に声です。

これは本当に酷かった。特に主人公のバカ=キ=エル=ドグラという宇宙人の王子がいるのですが、彼の声が作品の要だというのに、まるで魅力を感じませんでした。俺はこの声優さんがどなたか存じませんが、恐らく普段からいわゆる「腐女子層」を意識した演技ばかりしている人なんじゃないかと想像します。
どんな場面においても、「格好つけ」が鼻につくのです。俗な言い方をすれば「イケメンボイス」とやらになるのでしょうが(あんな声のどこがイケメンなのか、俺には理解できません)、普段アニメを見ない俺にとっては、滑稽でしかありませんでした。なので、2chの実況スレで「声がすばらしい」「声いいな」などという意見が聞かれたときには、呆れてものも言えませんでした。
彼らは感覚が慣れてしまっているのでしょう。「アニメのキャラクターは、格好良くて、美形であるのが当然」のような奇妙な通念を当たり前に受け入れていて、そのことを疑問に思ったことすらないのではないか。

結局、ここまで作り手側のプロ意識のなさを指摘してきましたが、彼らを支えているのは感性の質の低い、自称アニメが趣味の(=つまり趣味というものを一切持たない)連中なのだということを、再確認することができました。
彼らに人間らしさがもう少しでもあれば、まだいくらかマシになったことでしょうね。

さて、最後は脚本と演出です。

まず、演出が最悪でした。

間の取り方が、とにかく下手糞。何を考えたらあんなに配慮のない見せ方にいたるのか、疑問でした。
尺の中に収めることだけで頭がいっぱいというように見えました。
レベルEの第一話は、野球青年の下に主人公の宇宙人がやってきて、二人のドタバタが主な内容となるのですが、このドタバタの掛け合いがただの下手糞な漫才になってしまっている。
まるで台本を合わせているかのごとくまるで緩急がなくて退屈。しかも、声優が下手糞で、原作への理解がないのか、声の表情付けを明らかに間違えているとしか思えない場面も多々ありました。
彼らアニメ声優は「何となく格好よさそうな声」を出せるだけで、演技に関しては素人なのだとよーく分かりました。
ジブリが声優を使いたがらないわけですね。

脚本もよくなかった。そもそも、第一話というのは、「あっ!」と思わせるのは、たった一度でいいんです。その一度を、思い切り「かます」ことが重要なんです。
印象の深さが大事なのであって、原作の一つ一つの場面で平均点以上をとっていけば、総合的にいい点が取れるという発想では、続きは見てもらえないのです。
特にレベルEというアニメは、見た限り第一話は恐らくは物語の仕込み段階であって、比較的地味です。
内容を一言で言えば、複雑な状況と物語の駒をなるべく高密度に並べる段階です。
私もいっぱしの小説書きなので分かるのですが、漫画という読み返しのできる媒体であれば、そういうやり方でも読者は受け入れられるし、それどころか読み続けさせる為には絶対必要なことなのです。最初ほど丁寧に、というのは、読者を引き込む一番大事な部分なのです。
しかし、三十分という制限の中に、どれだけ集中させるかというのが勝負であるテレビアニメという媒体で、同じことをやろうというのは、本当に素人の考え方です。
もっと、間引かないといけません。今回の話の中心は、主人公のバカが奪還したがった装置なのですから、それをもっと目立たせる演出をするべきでした。
私なら、ベタですが筒井青年の述懐形式の物語展開にします。見ている人と同じ立ち居地の人間に語りを入れさせることで、ストレートに状況を理解できるようにします。また、時系列を前後させて、ヒロインの父の科学者(あるいは筒井青年でもよいですが)が、バカの正体を見てしまうシーンから始めれば、山場の少ない物語において絶好の惹き付け役になれたはずなのです。何より、怪しげな3D映像表示装置というキーアイテムを示すことで、物語の理解がかなり助けられるはずなのです。

主人公のヒロインが登場していましたが、あれは必要でしょうか?俺には、あのヒロインは第二話で初めて登場させてもなんら問題がないように見えました。もっとも、第二話の冒頭であのヒロインが伏線となるような展開があるのかもしれませんが、もしそれがないのであれば、第一話において全く物語展開に影響を与えずに終わったあのヒロインの紹介に無駄な時間を割いたスタッフは、本当に阿呆です。

書いていて、嫌になってきました。
日本のアニメーターたちは、どうして、こんな簡単な工夫もできないのでしょうか。
俺には、どうしたら伝わるかという想像力を働かせることを放棄しているようにすら見えます。彼ら、原作つきアニメとはこういうものだ、という惰性でやっているんじゃないですか。
作品全体からほとばしるエグみみたいなものが、一切感じられなくて、同じ一人の創作者として、本当に呆れました。

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2011/01/11 ヘンシウ 仕分け:批評・感想 感想:49 ト ラ ッ ク バ ッ ク: トラックバックユ・ア・レル 

第九地区を見ました

第九地区...★☆☆☆☆

長かった。
とにかく退屈で、苦痛でしかありませんでした。
内容、主題も最悪のきわみなのですが、それ以前に映画としての見せ方の下手さにうんざりさせられました。
多分、一番悪いのは脚本家でしょうね。その次が演出家...ってところでしょうか(あ、もちろん、監督を除いての話ですよ!?)。

とにかくメリハリのない映画で、同じような場面がえんえんと続くんです。最初の方はインタビューを切り貼りしたドキュメンタリー形式で、テンポだけはいいんです。派手な戦闘シーンも沢山あるし、しかも低予算映画の癖して結構迫力がある。が、じゃあ退屈しないかというと、とんでもない。

「退屈しなさ過ぎて退屈」

とでも言いましょうか。
見せたい部分を詰め込んだだけの映画が、ここまで苦痛なのか、ということを教えていただきました。
爆発があったら、その後に余韻ってものがなくちゃいけない。
謎を提示したら、観客にその意味を邪推させなければならない。

じっくりと丁寧に、しみわたらせる工程があってこそ、作品に没頭できるんです。
下手なアクション映画ほど、火薬を沢山使うんです。暴力というのは、爆弾が大きな音を立てて、うるさくて、沢山人が死ぬから怖いなんてもんじゃないんですよ。

下手なミステリー作家ほど、展開を急ぐんです。謎とその答えだけ考えて、提示するだけ。裏切られた!と思わせるためには、揺さぶらなきゃ駄目なんです。自分とは関係のない領域で「なにやら凄いこと」が行われていても、打ち震えるような感動はありえません。

さらに言えば、主題を練れていない。
「いわゆる人種差別問題」を主題にしたいのかもしれませんが、では差別の何を描きたかったのか?

気持ち悪い奴がいる、だから迫害した、ところが自分もそいつらと同様の身分となった、そしたら自分が迫害される側になった。

ここから何かを読み取れというのが無理な話です。
人の心に迫害精神が生まれるまでをスケッチしたかったのなら、いきなりエイリアン飛来から28年もの時間を省略したりせず、ファーストコンタクトから丁寧に描かなければいけないのです。
それとも、製作者のメッセージ性は関係なく、ただ単にアパルトヘイト追体験映画として価値を見出せとでも言うのでしょうか。そんなものを追体験させるのにエイリアンなどは必要ないでしょう。ただ構図を借りてきただけで、アパルトヘイトという事件を語れると思ったのでしょうか。
「神は細部に宿る」とは言いませんが、人種差別問題というのは結局は、宗教的バックグラウンドや文化の衝突、歴史、差別する側・される側の心理の堆積によって生まれるものなのです(尤も私はそういうのに興味はありませんが。勝手に差別し、差別されてりゃいいんです)。
ただ構図を取り出して、別の役者と別のシチュエーションで再現すれば語れるという類のものではない。というより、そういう根本的な真理に迫っていけば、結局は「差別はいけない」という現代の一応の不文律は、何の根拠もない権威側からの「押し付け」にすぎないことに行き着いてしまうわけで。監督も結局何を描いてよいかが分からず、ただエイリアンとの紛争と主人公の個人的な病気(そもそも銃弾が飛び交い、生死の争いが繰り広げられる環境で、エイリアンになってしまうというだけの病気の恐怖が引き立つわけがないのですが。本当阿呆ですねこれ作った人)とを交互に描いただけの、中身のない映画になってしまったわけです。

あ、その中身のなさをもって、「世界じゃ差別問題やそれに対する人類皆兄弟的価値観なんて、突き詰めれば空っぽさ」といいたかったのかな?(いや、ジョークジョーク)

要するに、うすっぺらい、ポーズだけの道徳、哲学しか持たない人間が作品を作るとこうなるよ、といういい例ですな。しかし、そのうすっぺらくてポーズだけの道徳、哲学しか持たず、しかもその自覚のない、病的な人の多いこの社会では、ある意味お似合いの映画かもしれません。

2011/01/06 ヘンシウ 仕分け:批評・感想 感想:69 ト ラ ッ ク バ ッ ク: トラックバックユ・ア・レル 

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