あにをた は おたく じゃ ない
じしょう あにをた という じんしゅ が ある。
かれら は いう。
おれたち は おたく や。
どうも おたく です げひひ。
はいはい どうせ おれ は おたく ですよ。
かれら は じぶん が おたく で ある こと を ほこり に しとる。
なんでやろ か。
おたく という ことば には
かくれた てんさい てき な、
とくべつ な ひと で あるか の ような、
そんな いめーじ が ある から と ちゃうやろか。
かれら の じんせい は ひさん や。
ぼんよう な さいのう の くせに ぷらいど だけは たかい。
ひと を あいする どりょう も ない。
ゆえに、 だれから も あい されへん。
たいくつ。
せやからこそ、 かれら は ひげ する ふり を して じぶん が じつ は とくべつ で
じぶん が まわり から うけいれ られへん りゆう を じぶん が とくべつ やから やと
そう てんか して にげとるん と ちゃうやろか。
いずれ に せよ いえるんは かれら は おたく ちゃうねん。
そんな たいそう な もんや ない。
おたく っちゅうん は たしか に いっしゅ の ふぇちずむ を もつ し、
あるしゅ の こと に だけ じかん と おかね を ささげる。
けど、 ほんま の おたく の ふぇちずむ は せい いがい の べつ の ものに
そそがれ て いて、 それ が つよい こだわり となり あるしゅ の そうぞうせい の
ねっこ と なっとる のに たいし
あにをた の、 もえぶた の、 きもをた の、 ふぇち とは なんやろか。
また、 ほんま の おたく は ばいたりてぃ あふれとって、 その あふれる ばいたりてぃ を
じぶん の そと の せかい に むける どりょく を せっきょくてき に する。
せやから あんがい ひとぎらい は すくなく そと に でて みち への こうきしん が あふれ
かいかく に もえて いる。
かた に おさまる のを きらい こせい を どくじせい を だいじ に する。
あにをた に 、 もえぶた に、 きもをた に、 ばいたりてぃ とは はたして あるやろか。
あきらかに、 れんちゅう は ただ たんに もてない じぶん の かなしみ を
ふぃくしょん の せかい で いやしとる だけで、
ただ の しょうひしゃ に すぎひん。
ひと の つくった せかい や。
いつまでたっても おもちゃ で あそぶことしか でけん かなしい れんちゅう や。
おたく とは せいはんたい の ひとびと なんや。
かれら を なにか に たとえる なら せいぜい じゃんきー と いった ところ やろか。
2011/04/18 ヘンシウ 仕分け:主義・主張 感想:67 ト ラ ッ ク バ ッ ク: ▲ トラックバックユ・ア・レル
無題
春すぎて 夏来にけらし 白妙の
衣ほすてふ 天の香具山
持統天皇
春が過ぎ去り、いつのまにか夏が来てしまったようです。夏になると、白い夏の着物をほすならわしがあるという天の香具山に、あんなに点々と、白い衣がほしてあるのが見えます。
怪獣の子供 2011/08/01 22:01 ヘンシウ ヘンシン