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2017/11/20 ヘンシウ 仕分け: トラックバックユ・ア・レル 

ロックは英語でしか無理 ―せやからからええ加減自分らの音楽を作れ、へたれ―

まずロックをやろて甘えを捨てなあかんのや

若者どもは、ほんまに感性がゆるくて、何かに感動させられたら、その感動の波と同じ波にのって表現者になろうとする

阿呆ぬかせ、岡本太郎もゆうとったように、何かに感動させられたら、それとまったく違う方法で表現せなあかんのや!

ええか、音楽を心ざすもんは、ようきけ。
唄は言語から生まれ、言語にかえってくんや。

ロックは英語でしか無理。

日 本 語 で 歌 っ と る 時  点でロックやない。

唄は言葉から生まれ言葉にかえるもん。

英語の様式を受け継いで日本語を無理やりのせたって、唄とはいえん。 
日本語をサウンドに取り入れたインストゥルメンタルや。

英語は、子音強調、強弱アクセント、定拍のリズム、韻でなりとうとる!
一方日本語は、母音、高低アクセント、無拍のリズム、掛詞でなりとうとるんや!

この二つはおそらく、地球上の音楽の中でもっともかけはなれとるもんやで!
両者から生まれた音楽も同じ

英語は旋律を変えやすいんはもちろん、ある定型の拍があるとき、それに圧縮する形で合わせるのに適しとる。強弱アクセントの言語はもともとスポンジみたいに空白を含んだもんやからな。

日本語はそうはいかん。高低アクセントで同音異義語が多いため、一定の速さ以上にしようとするとこわれてまうんや。つまり、定まった拍の中におしこめようとするやりかたはあわん。

こういうと日本語は不便とか言いたがる奴がおるけど、そんなん無茶苦茶なんや。
言語はそれ自体が向き不向きをはらんどって、それ故音楽性がちごてくるんやないか。

邦楽信者=洋楽信者のようある勘違いをといたるわ。
 「日本語は一音=一語やから、テンポの速い曲には向いてない、また音楽的になれない」

これ、大間違いや。

そう感じるんは、洋楽的な作曲技法、つまり音楽を箱(拍)で区切って、その中に音符をちりばめ、言語でそれを拾っていく、みたいな作り方を、そのまま日本語に持ち込もうとするから起こる間違いなんや。

ではどうするかゆうと、拍なんてもんはなくしてもうたらええねん。
くわし解説したるけ、ちょっと時間くれや。

僕が「これこそ日本語音楽の未来や!」と感じたある音楽を紹介するで。

新内節

ぼくはな、この曲と、The march of the black queenを比べてみたんや。

そしたらな、言語自体の音素の数は新内節は四百四十七、The march of the black queenは四百五十七やった。

前者は四百三十三秒、後者は三百九十三秒やったから、それで割ってみた。するとや・・・。

一秒間に含まれる音素(唄パートの音符おもてくれたらええで)は平均して、
新内節は1.03233256、
The march of the black queenは1.16284987

・・・大きな差は、あらへんのや(ちなみに義太夫節の「語り」の部分は、6.5という超密度や)。

つまり、洋楽とかわらんくらい、新内節は情報が圧縮されとるし、テンポも軽快なんや。
しかも、この計測は音素で図ったゆえ、新内節の四百四十七っちゅうんは、要するに歌詞カードの文字数と同じ。実際には新内節はかなり引き伸ばして歌う場面もあるから、もっともっと音楽的に構築できる余裕はあるゆうことや。

もっとも、The march of the black queen は長めの間奏もあったりするから、その分多少唄パートの密度はさがっとるけど、それはフレディが唄パートで音楽を構成するのはそれで十分、いや、あまり埋め尽くしすぎると音楽としてあかんと判断したからこそそうなったわけ。
日本語はゆったりと、英語はぎっちりとすかすかを交互に、っちゅう違いがあるだけで、両者とも音楽を構成させるのにハンデなんかありゃせん。

「日本語はテンポがどうしたって遅くなる」なんて大嘘やとわこたやろ?

技巧的なことについてやけど、新内節がこうも軽快になれるんは、拍節なんてもんを捨て、テンポなんちゅうもんを否定したからや。
たとえば1分33秒からの、あるいは4分33秒からの三味線の「だんだんだんだん・・・」みたいな連打音を聞けばわかるように、日本語に合わせて伴奏が止まってあげたり、あるいは
3分8秒からのゆぅっくりはやなっていくところみたいに、テンポをなめらかに変えて、歌を引っ張ってあげたりするんや。
拍という箱にとらわれへん自由さ、また加速度をもったテンポ。これが日本語の最高の様式やってん。
これまでの、定拍の、音符をひろってく音楽と比べてみ?西洋的な単調なテンポ、手拍子ちんたら拍、こんなん日本語にとったら足手まといみたいなもんやで。

日本語はシラブルが固定された言語やけ、読み方に加速度がとまなわなおもろないし、七語調みたいに、リズム感を生み出すための最小単位(文節)が長いから、
拍節におさめながらアコーディオンみたいに英語(音符)を伸び縮みさせてリズム感を出す、西洋音楽のやり方とはあいいれんかったんや。
考えたら、当たり前のことやねんけど、こういう発明が生まれたんはほんまに最近になってのこと、江戸時代の「洗練」(僕の大好きな、病的な言葉やな)された文化ゆえ生み出せたんや。

ちなみに明烏は三百年前の曲や。こういう音楽がなぜ作れたのか?はこないだゆうた、詞先・曲先なんて考え方では唄はでけん、っちゅう理論とにとる。伴奏の旋律と日本語はどちらも対等で、お互いを引き立てあう二つの言語やという考えに基づくからこそ、こういう音楽を作曲できるんや。
当時の日本人は、歌詞と旋律に主従をつけるなんていう、欺瞞的な堕落におちいっとらんかった。
楽譜に音符をおいてって、さあこれに日本語を載せよう、なんてやっとる、要領悪い阿呆どもにはおよびもつかん発想。すべては伝統にヒントをさがさんその「カブレ」が原因やで。

邦楽は邦楽 !
伝統音楽の延長線上にしか、日本語音楽の未来はない。

洋楽中心の考え方を捨てんかい。

実は洋楽厨といわれとるやつらの方が、その覚悟ができとるやつらやったりすんねんけどな  。
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2011/08/04 ヘンシウ 仕分け:創作<作曲> 感想:69 ト ラ ッ ク バ ッ ク:0 トラックバックユ・ア・レル 

音楽家の怠慢

具体的な提言として、 
  
 ・音を疑え ドラム、ギター、ベース・・・本当にこの三つはなくてはならないものか 
 ・作曲理論を疑え・・・コードをかき鳴らしながらメロディを考える・・・このやり方は本当に正しいか 
 ・詞先に立ち返れ・・・日本語軽視の風潮もここから生まれる まず表現したいことがあって、音楽はその手段のはず 
  
 詞先とはいったものの、本当の芸術家は詞と音を平等に扱うことができるはず 
  
 詞よりも曲よりも先にくるもんがあって、そのための手段が音楽なんや 
 音楽は歌詞と旋律で構成されとるわけで、この二つはともに公平に”言語” 
 歌詞で足りない部分や、語りきれないところを、旋律で語り、 
 旋律でイメージさせきれないところを、歌詞で補う―― 
  
 この考え方があれば、”日本語は圧縮が難しく、表現したいものが表現できない”などという、 
 甘えた寝言もいわないようなるはずや

やはり歌の歌たる意義を見出すとしたら、 
 器楽曲の弱点と、言語の弱点、二つを知ることだと思います 
  
 器楽曲は抽象的な表現手法ですが、ふわふわとしていて引っ掛かりが無い 
 言語は具体的な表現手法ですが、自家撞着的で、意味を捨象してしまう 
  
 この弱点を相互に補えるのが歌の強みだと思うべし 
 そうすれば詞が先も曲が先もない 
  
 今の歌は演歌は詞ばかりで、POPSは旋律ばかりで語ろうとしすぎている 
 それは歌の意義を失わせているのではないか  
  
 いまや定型化した作曲手法にも同じことがいえるんや 
 コード主体の作曲方法、ほんまに日本の風土にあっとるやろか? 
 コードは確かに陰と陽、二つの感情をおおよそにわけて、軽快に表現できる 
 ピアノが一台あれば、指三本だけで感情を表すことができるんや 
  
 けどな 
  
 欧米化したゆうても、なんだかんだで日本人は奥ゆかしいし、言葉足らずな民族やで 
  
 僕にはどうしても、和声音楽の、瞬時にして「気分」が現れ、持続し、また次の境に切り替わる、 
 あのころころとおもちゃみたいに展開していくべったりとした主張の強さ、味わいのなさが、 
 日本語に向いているとはおもえんのや 
  
 感情はもっとじわりじわりと弧を描きながら高まっていって、ふっと空中に消えていくもんとちゃうやろか  

最後にサウンド! 
  
 今の邦楽はロック(ビートルズ、とゆうても差し支えない)の影響を受けたんが基本 
  
 ドラム、ギター、ベース・・・これらがあって始めて音楽と認識する(笑) 
  
 ほんまにあほらしことやけど、ドラムでリズムを刻んで、ベースが低音をならして、ギターがじゃかじゃかいわんと「若者っぽくない」 
 この定式を崩したい 
  
 そもそもこれらの楽器は、近代になって英語文化圏でうまれたもん 
 少人数の”バンド”が音楽をやるときに、旋律の主従とリズムとを単純に役割分担したもんや 
  
 この考え方自体は確かに合理的で単純明快やけども、昔の日本の音楽を振り返ってみたときに、 
 まずリズムにしろ低音にしろ、そんなもんは存在せんかったわけで、なんでそこを皆疑問に思わんのか不思議やで 
  
 日本の”バンド”的なもんとして、三曲っちゅうもんがある 
 これは筝、三味線、胡弓からなる音楽で、どれも弦楽器 
 三味線が骨、筝が肉、胡弓が皮といわれとって、三つの楽器のユニゾンによってえもいわれんサウンドをつくりあげとったんや 
  
 昔こういうもんがあったから、それに従えとはいわん 
 ロックかて、かつてのクラシックとは別もんやしな 
 ただ、何で伝統を振り返って、こういう考え方もあるなあ、ということを考えないのか、 
 その思考停止したところに、創作者の姿勢として疑問を呈したい  
  
 音楽を拍子、旋律、和声の三要素に分類したんは、西洋やけど、そんなんを真に受ける必要もない 
 この三つが備わって初めて音楽、みたいな視野の狭い考え方が、街中にあふれる音楽的なもの、への発見からとおざけとるし、 
 音楽への携わり方を工業的にしとるんや 
  
 今のDTMerなんて、コード(和声)つけて、ドラム(拍子)つけて、旋律(旋律)つけて、最後に小細工して歌のしたらそれでしまいおもとる 
  
 音楽はもっと自然にうまれるもんやし、特に歌の場合、言語との関係性を無視はでけんのや 

ロックの形式だけを受けついで、その中でうまいこと日本語と折り合いをつけるんを、ロックの成立条件としとるんやから滑稽やわ 
  
 あの下に叩きつけるようなパーカッションはな、英語の発音を真似たもんや 
 あのゆがんだギターはな、金属音の多い英語やからかろうじて歌が負けずにおれるんや 
 あのベースはな、トニック、ドミナントの無理のある急激な変化を支えるためのもんや 
 あのシンコベーションはな、韻を踏みやすい英語の特長をさらに活かすために編み出されたもんや 
  
 全部英語音楽の文脈から自然発生したもんや 
 それを何の考えも無しに、日本人の母音主体のそのまま受け継ぐって、お前らははずかしないんか! 


日本語はな、英語とちごて、高低アクセントなんや 
 普通にしゃべっても、それだけで旋律にきこえるんや 
 小鳥が歌うようにな 
  
 たとえば 
  
 だるまさんがころんだ 
  
 標準語やと、 
 だるまさんがころんだ 
 ↓↑↑↑↑↑↓↑↑↑ 
 関西弁やと、 
 ぼうさんがへをこいた 
 ↓↓↓↑↑↓↑↓↓↑ 
  
 な、言葉がちがえば、旋律もちがうやろ? 
  
 最近はその自然な旋律をを無視して作曲しとるから、上っ面だけの感動をよばん歌がおおいねん 
  
 言葉に旋律が含まれる以上、詞先を中心に、曲先でひねりつをつけるやり方がただしいんやろうと思うで 
 楽器と鉛筆、どっちを先に握るべきかゆうと、そら鉛筆なんや 


   

2011/08/01 ヘンシウ 仕分け:創作<作曲> 感想:10 ト ラ ッ ク バ ッ ク:0 トラックバックユ・ア・レル 

旋法音楽と調性音楽

この二つの関係について考察しました

旋法というのは音階とその力学的作用をまとめたもの、とおもってください 
西洋は終始コードのようなものがありますが、日本音楽はその代わりに終始音とでもいうべきものがあります 
基本的に五つの音(ただし、上向形下行形によって分かれ6つなこともある)を用いますが、そのうち三つが 
終始音(核音、安定)、二つが中間音(不安定)で構成されています 

旋法は大きく分けて四つあります 
Dを中心とすると、(◎…核音、○…中間音、▽下降系中間音△…上行形中間音) 

□□□□□×#×#××#×#×#×
□□□□□CCDDEFFGGAAB  
 ◇都節音階△×◎○×××◎×◎▽× 
 田舎節音階△×◎×○××◎×◎×▽ 
 ◇◇律音階□×◎×○××◎×◎×○ 
 ◇琉球音階×○◎×××○◎×◎×× 

それぞれの旋法の特徴を説明しましょう! 
  
 【都節音階 通称、陰旋法】…… 
  
 もっとも登場が新しい旋法です。しかし、江戸期に登場して以来、日本の音楽を席巻しました。 
 日本を象徴する音階といってよいのではないでしょうか。静と動で言えば静の音階で、みやびな感じがします。 
 現代人の感覚だと陰気に感じられやすいのですが、当時の人にとっては必ずしもそうではなく、 
 たとえばたのしいひなまつりなど明るい曲にも使われていることから分かるように、 
 単純に陰気陽気、メジャーマイナーと分けられるものではないのです 
 下降的な旋律を持つ傾向にあります 
  
 【田舎節音階 通称陽旋法】…… 
 こちらも下降的な旋律を持つ傾向にあります 
 都節音階とともに、俗楽で用いられる旋法です 
 都節音階よりは動的ですが、↓に述べる民謡音階よりは静的です 

【民謡音階】…… 
  
 大事な音階を忘れていました 
  
 ◇民謡音階○×◎××○×◎×◎×× 
  
 こちらは上行的な旋律になりやすいです。名前のとおり民謡に使われる音階で、 
 お祭りなんかの能天気で上へ上へと高まっていく派手な旋律は、大体民謡音階であることが多いです 
 津軽三味線もたぶん民謡音階でしょう 
  
 【律音階】 …… 
  
 もっとも古くから使われていた旋法で、都節音階、民謡音階はこの音階から生まれました 
 雅楽や声明など崇高な音楽に用いられます 
 下降系の旋律の傾向が強いです 
  
 【琉球音階】 …… 
 名前のとおり沖縄の音楽にて使われます 
 日本の伝統音楽とは断絶が大きいですが、あえて同じ国となった現代に取り込んでみるのも手かもしれません 
 上行系の旋律です 
 ガムランの音階にも似ています 


  
 ここで民謡音階以外が視聴できます 
 音楽の性質のようなものが、旋法によってかなり決まるということが分かるかと思います 
 西洋音楽(コード主体の音楽)では、マイナーかメジャーかで大きく分かれますが、 
 日本のような旋法による音楽では、旋法がはらむ力学的関係によって、演奏されるうちに雰囲気が現れるのだと理解してください 
  
 たとえば中心音と核音の間が狭い都節音階は、おとなしくて内省的な曲に合うでしょう。 
 民謡音階は二つの中間音が半音三つ分上にあるので、ダイナミックです。 
 田舎節音階は、一つは半音二つ分上にあるので、やや大人しめ。民謡も田舎節も、移調すれば使用音階が重なるのですが、 
 何が安定音で何が中間音かによって性格が違うというわけですね 

なお、これらの旋法以外にも、独自に旋法を作っても良い 
 たとえば都節と律音階を組み合わせて 
  
 ◎×○××◎×◎○×××(◎) 
  
 こんな音階を作ったり、こういうことは伝統的にされている(この例は、筝曲の「古今調子」というもの) 
  
 また、一つの旋法だけだと長い曲では飽きてしまうので、近世邦楽では転調、転テトラコルドが多様される 
 転調は属調、下属調への転調が多いが、二度や一度の転調もまれにあるらしい 

テトラコルド理論にそぐわない例外として呂音階、呂陰音階があります 
 律音階とともに中国から雅楽の音階として伝わりましたが、日本人に合わなかったのかほぼ廃れています 
 しかし面白いので、一応ここにその旋法を書いておきます 
  
 □呂旋法◎×○×◎××◎×○××(◎) 
 呂陰旋法◎○××◎××◎○××× 


日本の音楽は基本的に旋法の音楽です 
 西洋音楽は和声進行により音楽が規定されますが、旋法音楽の場合音の力学的関係により、規定されます 
  
 旋法音楽の特徴は、演奏の継続によってじわりじわりと空気感が高まっていくところだと思います 
 和音音楽は演奏と同時に伴奏を一気に鳴らしますから、軽快な進行、自由な展開が可能になったのでしょうが、旋法音楽はそうはいきません 
  
 和製音楽が一つの明確な終止形(トニック)があるがゆえに、七音の間を激しく上下する旋律を可能にしたのと対照的に、 
 旋法音楽は終始音が複数平等に存在し、それ故に大きな動きはなく、BGM的になりがちです 
  
 創造性とダイナミックさが大事な現代では、この旋法音楽特有の弱点を克服する必要があると思います 

三つの手がかりが考えられます 
 ①義太夫や新内、長唄など展開が激しい劇場音楽に自由な展開を表現するヒントを見出す 
 ②日本音楽唯一の和声とも言える雅楽の笙 
 ③筝曲によくあるぽろろん、というアンサンブルは一種の和声ではないか 
  
 旋法を手がかりに日本独自の和声を考えようとしたり、 
 また地歌筝曲はすでにトニックの概念を持っているという説を唱える方もいらっしゃったり、 
 面白い試みは考えられますが、いずれにせよ今の西洋音楽みたいにばんばん伴奏で和声を鳴らすような音楽は避けたいです 
 一つの解釈を押し付けられているようで、日本語特有の曖昧な深みや、音の間や余韻が殺されてしまうと思います 
 三味線のサワリの音のような、びぃーんと気持ちよく消えていくあの音を生かせないかと思っています 



2011/07/30 ヘンシウ 仕分け:創作<作曲> 感想:46 ト ラ ッ ク バ ッ ク:0 トラックバックユ・ア・レル 

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